2011年3月11日と言う日

2011年3月11日

あれから一年。
あの日、自分がどんな画像を撮っていたのか・・・画像ホルダーを開いて見た。

11:16                    12:14
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(吉原本宿にて)

何気ない日常が

14:46   一変した。

これまでに経験したことのない、ゆっくりと建物ごと大きな横波のうねりに乗ってしまったような気持ちの悪い揺れ。
【東海沖地震】 いよいよその時が来たか!
周りの誰もがそう思ったに違いない。
なぜなら、私たちは30年以上も来る来ると言われ続けたその幻の巨大地震と一緒に暮らしてきたのだから・・・
そして、次に来るだろう決定的な揺れに身構えた。

しかし、幸いなことにその決定的な揺れは来ず、停電以外は目に見える大きな被害もなかった。
幸いと思ったのは、この時東日本で何が起こっているのか知る由もなかったから。


15:04それでも、その異様さから、商店街のあちこちで人溜まりが出来た。
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15:05 東西におよそ600メートルの商店街に設置されている信号機の内一番西側の信号機が作動していないのに気づく。

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カーラジオをラジオfに合わせ、富士市内の交通情報を確認。
信号機が作動していない他所の情報は次から次に入ってくるものの、ラジオfの目の前にある通りの情報はいっこうに伝えられないので、自転車を走らせ連絡。

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15:22 そして、ここで停電しているのは、同じ商店街の中でも中山豆店以西だけだと知った。

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15:25 
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16:28                       17:20
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帰宅の道すがらの富士山と自宅近くの夕暮れの空。


18:12 
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自宅も停電・・・

オール電化ではなかったので、ガスは使えた。
水道も生きていた。
ローソクの明かりの中でも、暖かいお茶が飲めるのが嬉しかった。




息をするのも苦しくなるような映像が次々と送られてくる東日本大震災。
立ち直る間もなく繰り返される震災。

何が出来るんだろう・・・
何が出来るんだろう・・・

自然の脅威は、人の力の及ばないところに有る事を改めて思い知らされた日。
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Commented by 薄茶アラレ at 2012-03-11 22:11 x
当時、とん忠で、ままさんと船酔い気分で過ごしていました。
携帯TVで情報を確認したり、キャンドルをともしながら、ラーメンを食べていました。猫達がおびえていました。しっかり抱きしめてあげた事を覚えています。
山梨側で富士山から煙りが!?上がっていたとか!?大丈夫と言っていたそうだけど、それも兆しかと思うのですが!?富士山の地熱発電を始めたらいいのにと思います。
Commented by h-kaguya at 2012-03-12 20:26
薄茶アラレ さま。

家じゅうの電化が進み、安全・便利で快適な暮らしが出来るようになりましたが、この時はローソクや湯たんぽや石油ストーブなど昔ながらの物が力を発揮しましたね。

猫ちゃんたちは、動物の本能で人間以上に敏感に異変を感じるんでしょうね。
世界文化遺産登録となるとその辺りどうなんでしょう?
何にしても代替えエネルギーの問題は難しいですね。
by h-kaguya | 2012-03-11 09:04 | ☆かぐや徒然 | Comments(2)

富士つけナポリタンのまち


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