そこに在るだけで

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                                  4月30日17:45 富士市内にて

「吉原本宿」で働き出して一年、仕事柄場所柄もあって、それまでの会社勤めとは比べものにならない程たくさんの人に出会うようになりました。
それは、通りがかりの旅の人だったり、地元の人だったり、外国の人だったり。
でも、その多くは「いらっしゃいませ。」で始まり「ありがとうございました。」で終わる、年齢も名前も住んでいる所も知らない人達。
けれど、時としてその素性も知れない人達の生活や人生の一部を垣間見る事が有ります。

それは、1、2ヶ月前から、何度かそばを食べに来てくれるようになった年配の男性。
70歳ちょっと過ぎたくらいでしょうか、小柄で物静かで肩を落とした後姿が気になっていました。
ある時思い切って「お近くからですか?」と声をかけてみました。
すると「女房がこの近くの病院に入院していて・・・付き添っているんです。」と、ポツリ。
「そうですか、それは大変ですね。」としか言えませんでした。
『高齢者が高齢者を介護する』それはきついものです、「頑張ってください。」とは言えませんでした。
そして今日またいらっしゃった時、帰り際に「奥さんの具合はいかがですか?」とお聞きすると
「ダメです・・・それで明日、清水に有る病院に転院することになりました。だから、今日がここに来るのも最後です。」
病院の名前を聞いて大方の察しはつきました、それは随分辛い選択だったでしょう。
それからまた少し話をして、玄関でお見送りをしました。
すると、履きかけた靴の手を止めて振り返り、思い直したように「家は富士なんで、しばらくしたらまた来ます。」そう言ってお帰りになりました。

それから私は、歴史処に置いた徒然なるがまま日記を読み返していました。
3月の終わりに、日記の前にたたずんで「こんな年寄りの戯言でも、書いていいですか?」と訊ねられた老婦人の三行の言葉。
先を行く人たちの想い。

「おひな様を見て、自分の年を思う、いとしい思い、なつかしい思い
苦しかった昔はかなたへ
ただただ感謝の気持ちで充っぱいです。」


帰り道、信号待ちの車窓から富士山が見えました。
それは静かで、穏やかで、ただただ優しく見えました。
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Commented by ぱらぽん at 2007-05-02 02:12 x
私も命の重みを感じる一週間でした。人はいつかは…、とわかっているのですが、切ないです。でも限りがあるからこそ、仲良く楽しく暮らしたいですね。
by h-kaguya | 2007-05-01 02:17 | ☆折々の富士山 | Comments(1)

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